Page 25 - 東京都公立大学法人 環境報告書2024
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CO2とN2からの物質生産を目指して 実は光合成と窒素固定の二つの反応は非常に相性が悪いも のです。光合成では、副産物として必ず酸素が発生します。 一方で、窒素固定をするには、酸素がない環境が必要です。 これは、窒素固定を行う酵素であるニトロゲナーゼが、酸素 によって簡単に壊れてしまうためです。したがって、光合成 と窒素固定を一つの細胞内で同時に行うことは非常に難しい と考えられます。 シアノバクテリアは、この酸素問題を解決するために、二 つの反応を時間的に、あるいは空間的に分けています。時間 的に分ける場合には、昼間には光合成を行い、夜は昼間に光 合成で溜めておいた糖を利用して窒素固定を行います。一 方、空間的に分ける場合には、窒素固定を専門に行う細胞を 用意します。シアノバクテリアには、細胞が一列に数珠繋ぎ につながった糸状体と呼ばれる構造をとるものがいます。こ れらは、日本ではネンジュモ(念珠藻)と呼ばれています。 ネンジュモを顕微鏡で観察すると、一部の細胞の形が異なっ ていることが分かります。この形が違う細胞が窒素固定を 行う細胞で、異質細胞(ヘテロシスト)といいます。異質細 胞は光合成をしなくなっているため、窒素固定に適した酸素 がない環境となっています。ですが、光合成ができないため に、窒素固定に必要なエネルギーを自分で作り出すことがで きません。そのため、隣の細胞が光合成で作った糖を分けて もらい、その代わりに窒素固定で作った窒素化合物を分けて あげています。 私は、異質細胞という特殊な細胞をネンジュモがどのよう に作っているのか、光合成をする細胞と異質細胞の間で物や 情報がどのようにやり取りされているのか、など、その仕組 みを研究しています。また、最近は、シアノバクテリアを使 い、大気中のCO2とN2から光をエネルギー源として、有用 物質を生産させることにも取り組んでいます。昨今はサス テナブルファッションが推進されていることもあり、その一 環として、シアノバクテリアにナイロンの原料を作らせる という研究も行っています。ナイロンは石油を原料として 作られる化学繊維で、ジカルボン酸とジアミンという物質が 順番に入れ子で並ぶことで繊維が作られています。このジア ミンは、窒素と水素と炭素からできており、生物が細胞内で 作っている物質でもあります。これまでに遺伝子組み替えに より、ジアミンを作ることができるシアノバクテリアを作り 出すことができていますが、現在は作られる量も少なく、時 間もかかるため、実際に製品開発を行うにはまだまだ改良が 必要です。ジアミン生産の効率を高めるためには、シアノバ クテリアの遺伝子を操作し、CO2とN2から目的の物質まで スムーズにたどり着けるように変えていく必要があります。 しかし、どの遺伝子をどう変えたらどのように変わるかとい うことを完全に予測することはまだできません。思いつく限 りのアイデアを試し、その情報を集めることで、ようやく生 き物の中で何が起こっているのかを理解することができるの で、理解を深めて自分の思う通りに生物の仕組みをデザイン していくことが目標となります。 ネンジュモの顕微鏡写真 光合成する細胞が数珠繋ぎになっている中に、窒素固定をする 異質細胞が作られます。矢尻で示した細胞が、異質細胞です。 基礎研究を未来に繋げる 私が行っているのは基礎研究となりますが、基礎を一つず つ積み上げることで実用化にもつながっていくと考えていま す。誰かが実際に工業生産に挑戦してみようと思ってくれる ような研究成果を積み上げていきたいと思っています。 また、私の研究が生命科学に興味を持ってくれる入り口 になり得るのかなと思っています。自分自身も始めから生 物に興味を持っていたわけではありませんでしたが、生き 物がなぜ生きていて、なぜ自分が生きていけるのか、生物 のゲノムや遺伝子の働きが不思議で生物学に入りました。 生物でそんなことができるんだ、どうして生物ってそんな ことができるんだろうということを思ってくれる人が増え れば嬉しいです。 24 


































































































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